報道番組の内容が間違っていた。証言者の喋ったことが嘘の証言だったのだ。
http://www.ntv.co.jp/bankisha/index.html
この事件はこの数日誤報として報道されている。
http://www.j-cast.com/2009/03/02036872.html
http://www.asahi.com/national/update/0301/NGY200903010004.html
番組のHPを見ると、もっとこみいっていて、岐阜県中津川市の建築会社の元役員が「岐阜県に裏金200万円を振り込んだ」と証言し、それを根拠にして番組を作ったが、彼が金を還流させたのは、中津川市役所。この係長が別業者に発注した架空の公共工事の代金を、元役員が還流させていた。
事実が本当かどうか、見極めるのは難しい。
亡くなった石川真澄さんは『エッセイの書き方』(岩波書店)の「硬派エッセイをささえるもの」という随筆の中で、エッセイを書く上の出発点は「事実とは何か」だと書いている。
石川さんは新潟国際情報大学の教授で、元朝日新聞の記者。ジャーナリストにして政治学者。私は飲み友だちだった。
石川さんのエッセイには、朝日新聞の記者としての不思議な経験が書かれている。
1976年6月、外務省保管の外交文書のうち、占領下の文書が初めて公開された。朝日新聞でも社内にチームをつくり、記者が手分けして文書を読み、書かれた「事実」について調査し、記事にするというプロジェクトが立ち上がった。石川さんは日本国憲法制定の経過についてのファイルを受け持った。
石川さんは白洲次郎の文書に目をとめた。
『…斯ノ如クシテコノ敗戦最露出ノ憲法ハ生ル「今に見ていろ」ト云フ気持抑ヘ切レス ヒソカニ涙ス』
1946年2月13日、GHQ民政局の作ったマッカーサー草案が日本政府に渡され、GHQと日本との交渉の結果、3月6日に憲法政府案の要綱が発表され、翌7日、白洲次郎が書き遺したとされる文書である。
『七六年当時白洲氏は七四歳でご存命であった。この文章を覚えておいでか尋ねたところ、彼はきっぱりと「いや、ぼくはそんなこと書いてない」と断言する。「失礼ですがお忘れになったのではありませんか」と訊くと、「ぼくはそのころ日本語がうまくなかった。(口語ならともかく)そんな文語、書けるはずがない」という答えである。(略)だれかにそうした心境を話し、書かせたのではないかと再度尋ねたが、そんなはずはないというばかりであった。』(『エッセイの書き方』P79石川真澄「硬派エッセイをささえるもの」)
この石川さんの文章にも事実と違う点がある。白洲次郎が留学していたのはイギリスでアメリカではない。しかし石川さんの指摘するポイント、その当時の白洲次郎は日本語より英語のほうが堪能だったという事実には変わりない。
このエッセイの中で、石川さんは、「白洲氏の言が正しければ偽造文書である。」と書いている。たとえ政府の公文書であっても、間違いである可能性があるわけだ。
白洲次郎は「ヒソカニ涙」したのか、しなかったのか。
昨年の秋、私は武相荘に行ったが、売店の2階にモニターが設置され、NHK制作「その時、歴史が動いた」を放映していた。私も通して見たが、「ヒソカニ涙」した場面を事実として再現していた。
石川真澄さんは2004年7月16日、『戦後政治史』の序文を書きあげた2日後に亡くなった。石川さんと新潟で一緒に飲んだり食べたりしたとき、この話をしたかどうか記憶にない。もっと早く読んで真実を確かめればよかった。
報道、新聞でもテレビでも、事実をわかりやすく伝えようとするあまり、単純化しすぎる。受けるとる私たちも、ちらちらと見て、簡単な構図で理解しがちだ。
世の中そんなに単純じゃない。人間も単純じゃない。複雑なものは複雑なまま理解するしかない。
そういえばNHKが白洲次郎のドラマを作って、2月28日から放映したらしい。私は見そびれたが、どうなんだろう。
http://www.nhk.or.jp/drama/shirasujirou/
これもひとつの白洲次郎像には違いない。ドラマを制作した人は、調べれば調べるほど壁にぶつかり、白洲次郎というフィクションを作ればいいと思ってふっきったということをHPで書いている。見る時は、大河ドラマと同じく、お話だという意識を持って見なくちゃね。チェ・ゲバラとか、伝記ものの映画や芝居はたくさんあるわけだし。
でもやっぱり、白洲次郎、正子がどんな人だったかは、ご本人やご家族の書かれた文章をじっくり丁寧に読み、何も書かれていない行間を埋め、つかみとっていくしかないと私は思うのだが、どうだろう。
私が武相荘を訪問したとき、この古い農家を、どこかから解体移築したのではなく、最初からここにあったということ、それが白洲夫妻の信念というか、メッセージだと思った。
その前後、『白洲正子自伝』(新潮社)を読んで、ぶっとんだ。内容も文章も。自伝といわれる文章で、私は最も誠実で、しかも洗練されている。野暮ったくない。自慢や自虐に傾きがちな自伝で、それが芸になりゃいいけど、それが嫌味にならないように処理するには、かなり高度なテクニックを要する。そういうことをわきまえてから、白洲正子はじぶんに自伝を書くことを許した。20代にさっと断片を読んだだけでは、私は理解できなかった。やはり本はじっくり読まないと読む意味がない。
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